いじめ抑制効果とは?(長文)

現在、「いじめ」の種別が昔とはだいぶん変わってきています。

 

 

インターネットの普及によりデジタルによる陰険ないじめが多くなってきています。

 

 

もちろん、現場でも「いじめ」の現状はあります。

 

 

「いじめ」に関しても色々な種類のいじめがあるのでなんとも言えませんが、色々話を聞く中では、やはり「格闘系」の習い事や部活に入ってる子供に関しては「いじめ」のターゲットになる比率が少ないそうです。

 

 

「レスリング」をはじめとした「柔道」「空手」「ボクシング」などなどがやはり良いそうですね。

 

 

部活内のいじめに関しては、また種別が別物になる様ですが、やはりいじめの始まりは「ターゲット」になるかならないか?が始まりの様ですね。

 

 

まあ、いじめる人の大半が「精神レベルの低い人間」する傾向があるようで、俗に「自分に自信がない人間」のようで、自分の身の保守の為にターゲットを作り上げます。

 

 

言うまでもありませんが、そういった人間がする行動は「自分より弱い人間」をターゲットにします。

 

 

まあ、自分より強い人間に挑戦するならある意味大したもんやし・・・いじめじゃなくなるかもしれん・・・。

 

 

今は、陰険な「陥れ手段」が色々あるからある意味「右脳」の発達している人間ならやりかねないが、これに関しても別の種別です。

 

 

その辺りの人種が普通に考えて、例外を除き、そんなき格闘系」をやっている人にちょっかいをかける人も少ないだろう。

 

 

普通に考えれば、「自分の方がやられる」と考えるのが一般的ですね。

 

 

要は「部活」や「習い事」と言うのは、少なからず「いじめ」のカーテンになっているとの事です。

 

 

 

また、逆にそういった習い事をしている子達は、「自分はレスリングをやっているんだ」「自分は柔道をやっているんだ」という意識付けにもなり、一般的に自信がつきます。

 

もちろん、試合の実績など上げていくと尚、自信をつけていく事でしょう。

 

また、実績を仮に上げれていない子でも、やっている過程により間違いなく自信が付きます。

 

 

本人では気づかないかもしれませんが、自然に周りのそんな「オーラ」を放ってしまうものです。

 

 

素人でも、大半みると分かるでしょうが、「明らかに、あの子は何かやっているやろう」って分かる場合もあるのではないでしょうか?

 

 

まあ、「オーラ」ってなんだよって、ツッコミが入りそうですが、あくまで表現です。

 

 

本当に見えたら「ドラゴンボール」の世界になってしまいます( ̄▽ ̄)

 

 

性格や環境により、いじめられる側、いじめる側になったりとあるようですが、本人達もそうでしょうが、保護者達もいじめられる側にはなってほしくないと思います。

 

 

保護者としては「いじめる側」にもなってほしくないでしょうが、場合によっては、いじめる人間になるより多少はいじめられる側でも「他人の気持ちの分かる子になってほしい」などの意見やそれぞれ考え方があると思います。

 

 

この兼ね合いが本当に難しい所ですね。

 

いじめる側もいじめられる側でもどちらもなるべきではない。

 

 

正論ですね。

 

 

その間に立つ人間になってほしいという意見もあるでしょうが、間に立った時点で、そこの現場では「いじめ」が発生しているわけですね。

 

 

中々、子供の世界で仲裁できる子と言うのがどこまでいるか?いけるか?という事ですね。

 

 

これは、本当に難しいポジションかと思います。

 

 

想定的にそのポジションにいると本人が思っていても、実質上はどちらかに傾いている場合が大半なのです。

 

 

子供のポテンシャルによりますが、子供にそこまで求めるのはある意味酷な話です。

 

うまくいくのは大半、「ドラマ」や「マンガ」の世界だけでしょう。

 

現実はそんなにあまくはないでしょう。

 

 

大人になれば「法律」「規律」「世間体」その他諸々の都合で抑制を聞かせる事も可能ですが、子供の世界ではそんなものは、あってないようなものです。

 

 

「子供の世界」は大人が思っている以上に「闇が深い」ようで。

 

 

 

自分を守る手段の1つに、子供の自信付けのためにも「格闘系」の習い事は推奨がされてきています。

 

 

逆に、強さや中途半端な自信の為に「いじめる側」になる事は厳禁です。

 

そんなの考えるなら、更に自分より強い人間に挑戦してほしい。

 

 

弱い人間に対して、偉そうにして「お山の大将」になっても、所詮どんぐりの背比べ。

 

 

そんなのやるなら日本一か世界一を目指せよ。

 

 

よく「いじめ」に関して、誰が悪い?って、論争がありますが、個人的主観で言うなら、どう考えても「いじめる側」が悪いでしょう。

 

 

いじめられる側が「生意気だ」「嫌いだ」「よくできる」「裕福」「貧しい」「雰囲気」「体型」「病気」など色々、いじめられる「理由」と呼ばれるものでターゲットなる。

 

 

 

要は「いじめる側」の視野の狭さがモノを言っているのでしょうね。

 

 

 

まあ、仮に「生意気」な人がいたとしても、ほっとけよ。

 

「嫌い」なら関わるなよ。

 

その他の事に関しても、そんな視野の狭い人間にとっては関係ないでしょう?

 

 

まあ、世間一般意見としていじめられる側に関しても、どうしていじめられているのか?考えなくてはいけないって事ですよね。

 

自分に問題はなかったか考えなさいって言われるのでしょうね。

 

 

ごく一部の例では、明らかに「いじめられている方にも原因ある」と言うのもあるので困りようですが。

 

 

実際、いじめられている立場に立った場合、どのようにして、その状態を打開するべきか考えなくてはなりません。

 

 

まあ、個人的にはいじめる人間より強くなれば良い、いじめる人間より成功すれば良いと言う結論を出してもらうのが理想的ですが、そんなにあまくはないことは、言うまでもないでしょう。

 

 

ただ、何にしても「キッカケ」というものは何しても必要です。

 

 

「キッカケ」というものは、誰も理解しているでしょうが、待っていても来るなんて「宝クジ並み」に来る事はないでしょう。

 

 

ただ自分で行動の「キッカケ」を作る、及び近い人間(保護者)が「キッカケ」を与える事によって、宝クジ並みの確率がサイコロ並みの確率に変わる事でしょう。

 

 

ただ、何度も出てきますが、そういう「負けん気」などはやはりスポーツの中で生まれやすいと考えます。

 

 

競い合うスポーツであるこそ、そういう発想も生まれるものです。

 

 

是非、スポーツマンシップの精神の元、「視野の広い」人間像を目指してもらいたいです。

 

 

この世から、余計ないじめやつまらん争い事がなくなる事を願います。

 

 

 

長くなりましたが、レスリングを通じて「芯の強い」人間像を目指してほしいです。

 

もちろん、子供だけでなく大人の方々も同様です。

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